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実は生粋のライブバンドTUBEが語る35年の歴史。そして、5年ぶり26回目の甲子園公演と、32回目のハマスタ公演への想い。

2020/03/10 10:30


ビリー・アイリッシュは実はフォーキーなのに、なんで今っぽく聞こえるのか考えてます。


――TUBEのみなさんは今年で結成35周年を迎えます。この間、特に活動休止期間があったわけではなく、メンバーチェンジも一度もなく、いまだに第一線で活躍されているという。これは驚異的なことだと思いますが、ご本人たちとしてはいかがですか。

前田:季節限定で活動してるから、35年と言いつつも実際は半分の17年なんですよ。

春畑:本当に35年ちゃんと活動してる人たちに申し訳ないぐらい(笑)。

――いやいやいや(笑)。でも、バンドで35年もコンスタントに活動している人たちってなかなかいないですよ。

前田:そんなこと考えたこともないなあ。

角野:近しいところにTHE ALFEEさんがいらっしゃるので、「まだまだだな」としか思ったことがない(笑)。

春畑:加山(雄三)さんとかね。

――なるほど! 近くにとんでもない巨人がいるとそういう気持ちになるんですね。でも、夏のグループというイメージが強すぎるせいか、TUBEというバンドの本質がなかなかロックリスナーに伝わっていないような気がするんです。ほぼ毎年大規模なライブをやったり、全国ツアーをしたり、新しい音源をコンスタントに出し続けるというのは、なかなかできることではないですよ。……でも、皆さんの表情を見る限り、そんなに大したことをやってるつもりはないって感じですね(笑)。

角野:あははは!

春畑:うん、全くない(笑)。

前田:人がやってることを見て、「このバンド、すげえなあ!」って思ってる。そういうのを見るのは励みになるね。

――バンドって、メンバーそれぞれの考え方や人生があるし、ソロアーティストに比べて長く活動を続けるのが難しくなりがちだと思うんです。

春畑:でも、意外とソロのほうが煮詰まったりするかもしれないよね。

前田:多分、ソロだと一度休んだらまたやらないだろうし。もしTUBEが活動休止しても、また動き出すことはないと思う。次にメンバーと会うのは誰かの葬式とかね(笑)。

――あはは! それでもTUBEが休まないのはなぜでしょう。

前田:休んだら次をやる自信がないというか。実際、キツいんですよ。

――35年も突っ走ってきたから、一度ブレーキをかけると再びエンジンを動かすのが大変だと。

角野:でも、実際はそういうことすら考えてないかも。人のことを見て、「すげえ! サザンがまた動き出した!」とか。

前田:やっぱり、そういうバケモノたちの存在はデカいよね。小田和正さんとか、年齢的には後期高齢者に入るんでしょ? どこから声出してんの? なんであんなに走り回れるの? 矢沢(永吉)さんしかり。2人とも違う惑星から来てると思うんだよね、僕は。加山さんなんて、すごすぎて電池で動いてるんじゃないかとすら思うよ。

――もう一度お聞きしますが、TUBEはなぜ35年もノンストップで動き続けてこられたんだと思いますか。

前田:いつもちゃんとネタがあるんですよ。「あれ、聴いた?」とか話して、自分たちがいいと思ったものを曲に取り入れたり。例えば、ワンオクが人気になったら、「あのビート感いいじゃん! うちらもやろう!」って。

――へぇ〜!

前田:しかも、取り入れたことが人に気づかれないのがいいところで(笑)。

春畑:取り入れ切れてないのかな(笑)。

前田:最初に話してたように、TUBEは「夏だ!」とか「J-POPのバンドだ!」っていうふうに捉えられてて、周りからはあまり音楽的に掘り下げて追求されないんですよ。

――日々、新しい音楽にアンテナを張ってるんですね。

前田:張ってます張ってます。

春畑:間違いながらね(笑)。

角野:わりとみんなミーハーです。

前田:今はみんなビジュアル系に夢中で。だって、みんないい歳になってもああやって変わらないスタイルで続けられてるし、すごいと思う。

――ビジュアル系というとどのへんですか。

前田:X JAPANにはじまり、ラルクとかも50でしょ? バンドのランニングコストもめっちゃ高そうだし。

――自分たちの音楽に取り入れたいと思っているアーティストはほかにいますか。

角野:全然ジャンルは違うんだけど、ペンタトニックスとかビリー・アイリッシュ。ビリー・アイリッシュは実はフォーキーなのに、なんで今っぽく聞こえるのかっていうことを考えながら楽しんでます。

――今後、TUBEの音楽がビリー・アイリッシュみたいなベースになるかもしれない。

角野:ブゥーンブゥーンってね(笑)。面白いですよね。

前田:かっくん(角野)の感覚はちょっと早すぎて、人よりもタイミングがズレるんだよね。あと、この人がいいって思うバンドはすぐ解散したり。

角野:あと、病んで辞めちゃったりしがちですね(笑)。


お店のおばさんが「お金がないからこんな店まで来たんだろ?」って。


――先ほどもお話しましたが、TUBEは毎年ライブを続けている生粋のライブバンドだと思います。みなさんがライブにこだわる理由はなんですか。

春畑:やっぱり、応援してくれる人たちの前でパフォーマンスできるのが一番うれしい。新作をつくった喜びもあるし、あとはライブに向けて笑いの部分もすごく練習するんですよ。

前田:音楽と全然関係ないところにすごく時間を使うんですよ。ドラムラインとかタップダンスとか。ちゃんとできてないんだけど。

角野:すっげえ練習するよね(笑)。最初はストンプをやってたんですよ。そこに師匠としてHIDEBOHさんが来てタップをやって見せてもらったら、「タップもやりたい!」ってみんなが言い出して(笑)。

前田:そんなのすぐにできるわけないのにね。何年か前は、俺が「全員楽器を持たないでくれ。カラオケでやるぞ!」って言って全員でダンスしたり。

――音楽をベースにしたエンターテインメントになっているんですね。

前田:野外だとそういうふうに振り切りますね。もちろん、ホールツアーはもっと音楽的なものになるけど、野外は前のほうの席だと音がかぶるし、いいシーンを見せようと思うと、その分いい演奏ができなくなってしまうので、そこは割り切って。

松本:パフォーマンス重視になっちゃう。

――みなさんはライブをやりたいから曲をつくるのか、ライブより先に曲をつくりたいという思いがあるのか、どちらですか。

前田:もともとは新譜をつくって、それを全国に届けたいっていう考え方でしたね。90年代に入るまでは“夏バンド”って呼ばれるたびにカチンときて、「夏じゃないものをやろう!」ってことで違うテーマの曲を秋冬につくったり、春夏のツアーが30本だったら、秋冬は70本回ったり。若い頃ってやっぱり世間に逆らうじゃないですか。でもね……無駄だったね!

――あはは!

前田:一度貼られたレッテルを剥がせなかった。あの頃は冬にツアーに行って、ライブが終わってから夜遅くに食べ物を買いに行くとさ、お店のおばさんが「お金はいいよ」って言うんだよ。「お金がないからこんな店まで来たんだろ?」って。「いやいや、お金なくないし!」っていうさ(笑)。イメージってそういうものなんだよね。

――では、どのタイミングで夏のイメージを受け入れたんですか。

春畑:「もう、冬はやめよう」って言ったのはいつだっけ。

前田:『Remember Me』(1988年12月発表のシングル)の頃とか。

松本:それか、90年代に入ったぐらいとか。

前田:あからさまにライブの動員も違ったしね。

角野:「冬だと友達に言いづらいので、隠れてライブに来ました!」みたいなファンレターもたくさんいただきましたね。

前田:「今日はどこ行くの?」「いや、あ、あ、ちょっと……」ってね。俺も冬に友達から言われたもん。「これからツアーなんだよね」「え! なんのツアー?」って。

――あはは!

春畑:でも、割り切ってからはいい活動のサイクルができました。

前田:そう決めたら決めたでいろいろトライしたがる4人で、「どうせ夏しかやらないなら冬も常夏で仕事したほうがいいだろ」ってことで、レコーディングをハワイでやったり。それを10年ぐらい続けたのかな? でも、作業が全然はかどらない!

――それはなぜですか。

前田:まず、ハワイのスタッフが集合時間に来ない。そうすると当然、俺たちも時間どおりに来なくなって全然進まない。


生放送全盛の80〜90年代。「『落ちたら死ぬよ!』っていうね(笑)」


――TUBEは80年代から90年代が特に忙しかったと思うんですが、当時は生放送の音楽番組がたくさんあって、全国各地からバンバン生中継していましたよね。あの時代ならではのエピソードって何かありますか。

前田:エピソードだらけだよ。

春畑:あの頃の記憶は半端なくある(笑)。

前田:商店街で食べ物ぶつけられたことがあったね。

松本:芋だよ、芋!

前田:生卵投げつけるみたいな感覚で。

――当時、アンチTUBEみたいな人たちっていましたっけ。

松本:いや、目立ちたい人がいたんですよ。

角野:四国から中継したときも、海っぺりでの演奏だったんですけど、リハのときに地元のヤンキーがわーっとやってきて、彼らはそれが本番だと思ってたみたいで大丈夫だったっていうこともありましたね。

前田:あの頃は警備もそんなにいなくてね。

角野:場所が海だから、逃げるにしても車までの距離が遠いじゃないですか。で、そのヤンキーたちは前ちゃん(前田)に触りたいから追いかけてくるんですよ。触りたい、逃げる、触りたい、逃げる……。

春畑:で、最初は触りたいだけだったのが、だんだんパンチに変わってくるんですよ(笑)。「なんでこんな目に!」って(笑)。

前田:暴動だよ、暴動(笑)。

角野:今はもう無理だと思う。

松本:今はそんな番組ないもんね。

前田:むちゃくちゃだよね(笑)。しかも、当時の音楽番組はカラオケがダメで、生演奏しなきゃいけなくて。

春畑:どんな場所でも演奏したよね。海にも電源車とか中継車が来て、すんごいお金かけてたんですよ。そうすると人がわーっとやってきて。

角野:で、演奏が終わったあとは人がたくさん集まってるもんだから動線がなくなって、人の波を突っ切るしかない。

――これまで演奏してきたなかで一番ぶっ飛んでた場所はどこですか。

角野:デパートに噴水とかがある吹き抜けの場所があるじゃないですか。そのあちこちに1メートル四方ぐらいの台があって、そこにみんなそれぞれバラバラに立って演奏したことがありますよ。台の下に噴水が流れてて、横から人が見てるっていう(笑)。

前田:あったあった。「落ちたら死ぬよ!」っていうね(笑)。

――え、その台はどれぐらいの高さだったんですか。

角野:3階分ぐらいはあったんじゃないかな。

――こわっ! 今じゃ信じられないですね。

春畑:怖かったよね(笑)。

――しかも当時はイヤモニもないわけで、演奏はどうしてたんですか。

春畑:勘で演奏してた(笑)。でたらめだよね!

――そういう場所でバンド力が問われたわけですね。

前田:そうですね。当時はミュージシャンと役者さんぐらいしかカテゴリーがなくて、ミュージシャンにはお笑いの要素も含まれてたからごちゃまぜの時代でしたよ。

――別の歌手の話ですけど、新幹線の車中で歌ってる様子を中継したこともあったし、そういう無茶が通用した時代ですよね。

角野:観てるほうは面白かったでしょうねえ。

――いやあ、面白かったです。

前田:歌を聴いてるんじゃなくて、そのシチュエーションを楽しんでるんだもんね(笑)。

――でも、TUBEはそういう時代を乗り越えてきたからこそ今の強さがあるのかもしれないですね。しかも、デビュー当時は自分たちのオリジナル曲をやれなくて、そこに対する反発心があったそうで。

前田:自分たちのオリジナルをつくりたいっていうのが一番だったから、そのために毎日練習したり曲作りしてたなあ。最初は、「(レコード会社には)アルバイトのつもりで入ったから!」とか、「TUBEって名前も別にどうでもいいんだよ!」みたいに軽く考えてたけど、けっこうツラい洗礼を受けたね。

――デビュー曲「ベストセラー・サマー」で成功して、そのあとも「シーズン・イン・ザ・サン」などのヒット曲を連発しましたけど、やっぱり自分たちの曲をやりたかった。

前田:もともと高校生の頃はみんなジャンルが違って。(松本)玲二はおじさんたちとブルースバンドやってたし、僕はバンドが好きじゃなかったから1人で弾き語りをやって、春畑はツインギターのバンド、かっくんはジャズ・フュージョンみたいなことをやってて。だけど、いつの間にか自分たちもTUBE側に行っちゃって、TUBEとしての曲を書き始めたっていう。だから、このバンドのメンバーは出会うべくして出会ったわけじゃなくて、打算で集まったんですよ(笑)。

――でも、みなさんは学生時代からの仲間ですよね。

前田:まあ、サークルとかの仲間だけど、「デビューできるぜ!」っていう餌にみんなばっくり食いついちゃって。

――じゃあ、いつから“自分たちのTUBE”になったんですか。

春畑:ほかの仕事が忙しくなったからなのかわからないけど、あるとき突然、プロデューサーから「あとはお前らでやれ」って言われて、そこから自分たちでできるようになったんですよ。

角野:そこから試行錯誤を重ねて。

――でも、世間にはその感じは全く見せてなかったですよね。その間、リリースがなくなることもなかったし。

角野:締め切りだけはしっかりあったんだよね(笑)。

前田:別に「自分たちでつくった曲です」とも言わなかったしね。誰が曲を書いても聴く人には関係ないじゃないですか。それは僕たちだけのこだわりだから。でも、自分たちのクレジットを見たときはニヤニヤしたね。


自作曲完成までの苦難、そして「夏」との格闘。


――自分たちで曲をつくるといっても、はじめはアレンジとか大変だったでしょうね。

前田:デビュー当時は織田哲郎さんがアレンジも全部仕切ってたから、そこからいいものを吸収しながらバンド色を濃くしていきましたね。

春畑:当時は18歳とか19歳で、織田哲郎さんみたいな憧れの人が曲を作ってアレンジしてレコーディングを進めていくのを見てるだけでものすごく勉強になったし、そのあとも明石昌夫さんの作業を見ながら自分たちのものにしていったというか。それでようやく「自分たちでやっていいよ」ってこっちに投げてくれたんだと思う。

角野:でも最初はいろんな人たちと会うなかで「わぁ、すごい!」って思いながら頑張ってたけど、所詮みんな10代の武器しかないから、あっという間に素っ裸にされ(笑)。

春畑:俺のエフェクターボードも「これはダメ、これもダメ」って言われて、結局一個しか残らなかったもんね。

――そうやって名プロデューサーの方々と仕事をしたことが、のちに活きたんですね。

角野:そうですね。しかも、みんな僕らに付き合ってくれて、ダメ出しされながら何日もやらされるわけですよ。前ちゃんも何回も歌い直して、何回も詞を書き直して。

前田:たまに殺意が芽生えたよね。

――あはは!

春畑:信じられないぐらい歌ったよね!

前田:ただのイジメじゃねえかってぐらい。

角野:でも、そのときは何が悪いのかよくわからなくて。

春畑:当時はPro Toolsもないから、歌う、弾くっていうのを毎日毎日繰り返して。

角野:3時間ぐらいハル(春畑)が弾いて、ようやく織田さんが「ああ、だいぶよくなってきたね」って言ってくれるんだけど、こっちはどこがよくなったのかわかんない(笑)。

前田:朝4時とか5時までやって全員ボロボロになって帰るっていう日がほとんどでしたよ。今じゃそんなことはないんだろうね、パワハラだもんね。

――しかも、歌詞のテーマが夏ばかりっていうのも大変じゃないですか。

前田:本当に大変。「雪」とか「暖炉」とかは使えないでしょ? 「マフラー」もダメでしょ? 使えないワードがいっぱいあるんだよ。一度、『WINTER LETTER』(2007年12月発表)っていう冬のアルバムをつくったことがあるんだけど……。

春畑:そうしたらもう、言葉が出てくる出てくる(笑)。

前田:俺のなかで一番良い詞が書けたのはこのアルバム。いまだに「ほぉ〜、いい詞書けてるなあ」って思うもんね。それまで全く開けてこなかった引き出しから言葉を出せたから。

――それぐらい夏に限定されるのは大変なんですね。

前田:しかもさ、夏の暗い詞は書けないでしょう? だってタイトルが「BEACH TIME」だよ?「SUMMER DREAM」だよ? 暗くなれないでしょう。

――たしかに「BEACH TIME」で暗くはなれないですね(笑)。やっぱり、暗い詞も書きたかったんですね。

前田:もちろん。そう思ってソロ活動を始めたんだけど、暗いというよりも攻撃的な歌詞になっちゃって。でも最近はTUBEでも哀愁のある詞を書いたりしてます。

――最近は幅広いサウンドを鳴らしてますよね。

春畑:やっぱり、好きな音も変わってきますからね。ハタチの頃は「もっともっと!」っていう意識しかなかったけど、今は長くゆったり聴けるようなものに変わってきてます。

――初期はメロディアスなギターソロの印象が強いですけど、今の春畑さんは渋いフレージングが目立つように感じます。

春畑:そうですね。それは周りのミュージシャンからの影響もあるし、久々にプロデューサーに入ってもらってアドバイスをもらったり、今でもいろんな影響を受けてます。

――何十年も自分たちだけでつくってきたのに、まだそうやって柔軟な姿勢でいられるんですね。

前田:やっぱりね、自分たちの感覚を頼りに鳴りと雰囲気だけで決めちゃうと全部同じものになっちゃって、新しいものを生んだ気に全然なれないんだよ。だから最近はちょっと違った血を入れてみてます。聴いてる人にとってはあまり変わらないと思うんだけど、僕らのなかでは「よかったな」って。


当初、「あー夏休み」はタイトルも歌詞の舞台も違っていた!?


――せっかくの機会なので、過去のヒット曲のエピソードがあったらお聞きしたいんですが。

前田:ああ、いっぱいあるよ。例えば、「シーズン・イン・ザ・サン」は「ほら、夏娘」ってタイトルだったんだよ。(サビのメロディで)「ほーら、なっつーむーすめー」って。

角野:「ほら、夏娘」だったら俺たちどうなってただろうね!

前田:「あー夏休み」も、「Oh! Summer Holiday」ってタイトルだったからね。最初、(サビのメロディで)「おー、サーマホーリデーイ」って歌ったら「なんか違う」って言われて、いろいろアイデアを出したけど全部「違う」って。それで、「じゃあ、そのまま『あー夏休み』ってことでいいんじゃない?」って言ったら、「それだ!」って。(角野を見ながら)そのときに「そんなタイトルはイヤだ!(バンドを)辞めてもいい?」って言ったんだよな(笑)。

角野:超イヤだった(笑)。

前田:でも、それが代表曲になって。

――「あー夏休み」もそうですけど、曲のタイトルとサビのフレーズがしっかり連動しているのもTUBEらしさのひとつですよね。

前田:そういうのも人から注意されないとわからないところで。4人だけでやってると「これでいい!」って思っちゃって。

角野:4人だけでやってると勝手に盛り上がっちゃうんですよ。でも、全然違うところから「ええっ!?」って思うような意見が飛んできて、そこで気付かされることが多いですね。だって、それまでは鈴木英人さんが描く絵みたいな、トロピカルでマイアミビーチみたいな夏を歌ってきたのに、「『あー夏休み』か!」っていう(笑)。

前田:歌詞の舞台も湘南に移してさ。

――え、最初は湘南じゃなかったんですか。

前田:マイナーラテン系の曲だったから、(メキシコの)ロス・カボスとかアカプルコみたいな雰囲気だったんだよね。

――じゃあ、当初とは全く違う曲になったんですね。

前田:どの曲もそうですよ。いろんなパターンのアレンジがある。だからほかにもガラッと変わった曲はたくさんありますよ。

角野:アップテンポだったのがバラードになったり。「夏祭り」(2004年発表のシングル曲)はどラテンでハイパーな曲だったのに、最終的にはアコギの曲になったり。

――どんな極端な方向転換でも、みなさんはすぐに気持ちを切り替えられるんですね。

前田:若い頃に散々スパルタでやらされてきたから、何回でもやれるんですよ。

――今、みなさんが思うTUBEサウンドってどういうものなんですか。

春畑:何でもできることかな。

前田:しかも、薄―くね(笑)。全ジャンルを網羅できる。ジャジーなのもやれるし。

角野:ジャズから盆踊りまで。あはは!

前田:何でも料理屋みたいな。

春畑:ドコドコのメタルみたいなこともできるしね(笑)。

――メタルじゃないけどメタルっぽかったり、ジャズじゃないけどジャズっぽい。

前田:そうそう。ヨーロッパから訴えられそうな曲もあるから(笑)。あえて狙っていくこともあるしね。

春畑:「今年はフラメンコアルバムだ!」とかね。

前田:今年出すつもりのタイトルチューンになりそうな曲は、すでにジャンルを越えちゃってるから、発表するのが怖いぐらいですよ。


TUBEのホームグラウンド、甲子園球場と横浜スタジアムへの想い


――今年は夏に甲子園球場と横浜スタジアムというふたつの大会場で野外ライブが開催されます。甲子園は1991年から、浜スタは1988年から行われている恒例ライブですが、そもそものきっかけはなんだったんですか。

前田:野球選手から聞いた話があって。僕たちの世代はお母さんが強い家が多くて、お父さんは仕事して帰ってきて寝るだけみたいな感じだったんですよ。でも家族で野球を観に行くと、そういう普段は冴えないお父さんが雨が降ったときのためにカッパを用意してたりして頼りになる。だから、「オヤジの威厳を保つにはプロ野球は最高なんだ」って。それがいい話だなと思って、俺たちも野球場でコンサートしたいと思ったんですよ。それでいまだに野外でやってるっていうね。今はカッパじゃ済まないぐらいの豪雨が降るけど。

――それは興味深いきっかけですね。

前田:甲子園は騒音の問題とかがあって、いつの間にかTUBE以外はライブができなくなっちゃって、俺らも5年前に一度は卒業したんですよ。だけど、甲子園球場側が1年に1回はライブのための日を残すっていう約束をしてくれたので、この5年間はいろんな方がライブをやられてきて、今回そのバトンがまたTUBEに戻ってきたっていう。だから、今年はTUBEがやるけど来年は違う人にバトンを渡したいし、甲子園から音楽がなくならないように誰かにやり続けてほしいですね。

――いい話。

前田:俺たちが始めた頃はけっこういろんなアーティストが甲子園でやってたけどね。俺たちはうまかったじゃん? 球場の近所で盆踊り大会を開いたり。苦情対策のために近隣にタオルを配ったり。

――へー!

前田:関西ってそういう付き合いが大事なんじゃないかな。そういう積み重ねがあって、「あいつらはええやん」って思ってもらえて。まさかこんなに長くやるとは思ってなかっただろうけど。あと、甲子園は天然芝ですから、球場整備の会社の人たちとも話し合って、ファンにも芝を壊さないようにお願いして、そのへんは徹底してやってましたね。

角野:ありがたいですよね。芝の整備をしてくださってる方々が「今年は(ライブを)やってくれないんですか?」って言ってくださったり。

――横浜スタジアムはどうですか。

前田:今回、横浜スタジアムがリニューアルしてから初めてのライブになるんですよ。今はスタンドが大きくなったり、ガラス越しに観戦できる席ができたり。

角野:だから、僕らも見たことのない風景が今年は見られます。

松本:楽しみだね。

――演出はそれぞれ違うものになるんですか。

前田:ひと月空くからね。甲子園では5年前の内容を引き継いで、「蘇る夏」みたいなことをやってみたいし。

――大会場で違う内容にするのも大変そうですね。

前田:まあ、さっきも言ったけど、これまでのスパルタで慣れてるから(笑)。あと、せっかくTUBEには楽曲がたくさんあるんだから、2タイプの違うセットリストにしてもみんなに楽しんでもらえるかなって。

――どちらのライブも新鮮な気持ちで楽しんでもらえると。

前田:横浜スタジアムと甲子園は全然雰囲気が違うしね。特に甲子園で音楽を楽しむことは1年に1回しかできないから、TUBEのファンであろうがなかろうが来てほしいですね。


インタビュー/阿刀 “DA” 大志


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