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「現状の自分たちから、今どういう作品を出すか」

2019/09/17 11:00


8月21日にメジャー5thアルバム「変現自在」をリリースした、LACCO TOWER。叙情的な詩世界でありながら、激情的なライブパフォーマンスで全国各地で暴れ回る狂想演奏家と称されている。2002年の結成以来、都内と群馬を拠点に活動し続け、今年で17年もの活動期間となった。今作の発表に向けて松川ケイスケ(Vo.)は「未来のように敷かれているその『着地点』こそ変えるべきなんじゃないのでしょうか」、「大人のロックバンドがひねり出した傑作を、ぜひご賞味下さい」とコメントを残しており、現状打破するような制作であったことを物語っているだろう。今作に込めた想い、そしてこれからのLACCO TOWERについて松川に語ってもらった。



「意識改革なのかもしれない」


――LACCO TOWERは1年ペースでアルバムをリリースされており、今作も変わらないスパンでのリリースとなりました。

リリースツアーが終わったぐらいから作り始めたんですけど、今回は半年以上かけたので完成までが長かったように感じていますね。前まではレコーディングしてからすぐ出すという流れでガッと集中して進めることが普通で、プリプロをしなかったんですよ。レコーディング入る時にいきなり「せーの!」で録っていました。でも今回はプリプロをするようにしたんです。プリプロを経て直していくという方法は当たり前なことなんですけど、僕らはバンドを長いことやっていながら今回初めてやった。曲へのアプローチに時間をかけたことで、長い時間をかけて制作していたなという感覚があります。

――プリプロをしようと決めたのには何か意図があったんですか?

僕らは曲が先に出来上がって歌詞はその後に書くんですが、曲を作るところにボーカルである僕は一切入らず、楽器隊だけでアレンジして完成をさせていたんです。でもこれまでのようにプリプロのない方法だと、録るまでに練習ができないということがあったりして、本番で楽器隊が困ることが多かった。ただ、それでも今まで出来ていたので、どちらかといえば意識改革なのかもしれません。今までプリプロがなくても作品になってたからこそ、今作も同じやり方でも良かったとは思うんですけど、全員がどこかしら何かを変えたいという想いがありました。

――その想いはいつ気付かれたんですか?

明確に“この方法でやっていこうか”という話し合いはなかったんですけど、なんとなく全員がそういうことを考えているなと感じる場面が多かったんですよね。例えばベースの塩アはずっと指で弾いていたのに、10年ぶりぐらいに一曲だけピックにしてみたりとか。そんな風にみんな少しずつ変えていくことが積み重なっていくうちに、何を言う訳でもなく、アルバム完成間近に5人だけでの話し合いが一回、飲み屋でありましたね。


「ここでもう一回、現実というものをきちんと変えていかないといけない」


――これまでには5人での話し合いはなかったんですか?

なかったんですよね。仲悪くないんですけど、17年も続けていると兄弟みたいな感覚になっちゃっていて。スタジオ入るのには、音を鳴らす目的があるじゃないですか。今こうやってインタビュー受けるのも、インタビューしていただくっていう目的があってここに来ている。でも飲み屋にただ5人で集まるのって何にもやることないんですよ(笑)。だからこっ恥ずかしかったですね。基本5人でいる時って僕が喋る方で他の4人は無口なことが多いんです。積極的に話題を振るタイプじゃないので、その時は僕もちょっと黙ってみようかなとあまり話さないようにしてみました。意外とこいつ机拭くなとか、すぐ飲み物に気付くなとか、普段では見えてこなかったものが見えてきて変な感じでしたね。

――「何を話そう?」と、お互いの顔を伺っていたのもありますよね。

それもあったと思いますよ。この話し合いは最後の一曲「若者(わかもの)」が出来上がる前、またアルバムのタイトルをつける前だったので、「若者」の歌詞やアルバムのタイトル『変現自在』は話し合いの結果として出てきたものなんじゃないかな。曲作りへの手応えはある程度あった上での話し合いだったので、この一年間の僕らの軌跡とその集合体としてアルバムが完成したように感じています。

――いつも最後にタイトルを付けられるそうですが、作った曲たちからインスピレーションを受けてタイトルが浮かび上がるんですか?

例えば「線香花火(せんこうはなび)」は、恋人とやってる風景を思い浮かぶ人もいれば、一人でやってる風景を思い浮かべる人もいる。また、みんなでわーって遊んでいろんな花火をした後に一番最後にやってるのを思い浮かべる人もいる。そんな風に日本語は人によって感じ方違うと思うんですよ。同じように僕らの曲は全部そういう書き方をしていて、その人がその瞬間に感じられるようなことをそのまま思ってもらえればいいと考えています。だから今回も10曲全部通しての共通のテーマはというものを曲から思い出されるというよりは、現状の自分たちから今どういう作品を出すかということを考えてタイトルやジャケットのアートワーク、さらには曲順を決めました。

――だからアルバムのコメントにあるように、今作は「『着地点』こそ変えるべきなんじゃないのでしょうか」という言葉が記されていることへと話が繋がっていくわけですね。

それこそ話し合いをした時に次第にいい話になっていって、コメントに残したような話にもなったんですよね。キャリアが長くなればなるほど同じ場所にいて落ち着く場所って見えてくるじゃないですか。2年後はこんな感じでというような、ある程度の着地点を考えるのは誰にでもあると思うんですよ。別に音楽家じゃなくてもどんな仕事でもあると思うけど、いろんな選択肢のある中でそれを選ぶっていうのと、選択肢がどんどんなくなってきてそれしか選べないっていう着地点は違うと思ってて。前者であるべきだと思うし、図らずとも後者になりつつあるような状況がバンドにあったと感じて、それを変えたかったんです。特に僕らみたいに無機的なものから有機的なものを生み出さなきゃいけない人たちにとっては、そんなことしてたら存在の意味がない。だからこそ、ここでもう一回現実というものをきちんと変えていかないといけないと思ったんですよね。今を変えることによって過去のことだっていいことになるかもしれないし、明日こんな日だって決められたことがもしかしたら違う日になってるかもしれないし。そんなことを5人で話し合ったことで思い知らされました。


「まだまだ書きたいことはいっぱいある」


――TwitterなどでLACCO TOWER自身のことを“六等星代表”と表現されていることから、「六等星(ろくとうせい)」には特別な想いが込められているのではと思います。

この言葉をどこかでずっと使いたいと思っていたんですよね。六等星というのは星の明るさのことを表しているんですけど、人間が肉眼で見てギリギリ見える明るさが六等星なんです。歌詞の内容的には前向きではなくて、僕はそんなに「いい歌できたぜ!」と思った感覚が全然ない曲ですね(苦笑)。

――「六等星」という言葉を使うことに対してのプレッシャーは感じていましたか?

僕ってそういうのは一切ないんですよ。今回作った曲を入れてこれまでに約130曲を作ってはきましたけど、一回も歌詞を書くのに悩んだことがなくて。そもそもテーマを決めて書くのが好きなんですよね。書けと言われたら、たぶん今から一時間ぐらいあれば書けるぐらい、まだまだ書きたいことはいっぱいあります。気になった言葉を携帯にメモするんですよ。例えば前のアルバム「若葉ノ頃」の「薄荷飴(はっかあめ)」は電車の中で書きました。(携帯を取り出してメモを見せながら)こんな風にメモに書いてあって、このまま歌詞に使ったのかな。あとはタイトルの候補となる言葉もメモしていて、今回もそこから何個か使っていますね。

――松川さん自身が書きたい歌詞があって、そのイメージを伝えて曲を作ってもらう、ということはありましたか?

こういう曲が欲しいというような注文はしないですね。歌が入っていない状態で出来上がってきたものを聴いて、歌詞をのせていきます。

――では逆に作曲者側から歌詞のリクエストはありましたか?

今までは全然ありませんでした。でも今回はプリプロがあったので、ギターの大介から「若者」ができた時に「この曲はリード曲になりそうだからそのつもりで書いて」と言われたんです。でもそれくらいですよ。あとは何も言ってこなくて、みんな僕のことをわかってくれている。そして完成した歌詞の作品を楽しんでくれているんだと思います。

――リード曲としての注文があっても、これまでの書き方と変わらずに「若者」は書いたんですか?

いや、その意識は多少ありましたね。分かりづらい言葉を使いたい癖をちょっと抑えたり、母音の“あ”を残すようにしたり。日本語って“あ”が一番歌いやすいんです。口を閉じる方が歌いづらいんで、サビの一番高い音を“あ”にした方がいい。意外とそういうのをちゃんとやってるんですけど、あんまりフィーチャーされることがないんです(笑)。


「目の前のことにぶっ倒れるくらい真摯に向き合いたい」


――何か変えたいと思いながら作り上げた今作を経て、LACCO TOWERはこの先どんな道を歩んでいくと感じていますか?

ここにきて思うんですけど、家帰って「疲れた〜!」とすぐ寝ちゃうくらい、目の前のことに本気で今までやってたのかなって。僕らが全然売れていない頃からお世話になっている仙台のライブハウスの店長がいて、昔その人に言われた言葉が心に残っているんですよ。ある日そのハコでライブをやらせてもらって終わった時に、「今日もしかしたら解散ライブだったら同じライブしてた? お客さんは今日がお前らのライブを見るのが最後かもしんないんだよ」と言われたことがあって。再生ボタンで再生できないことをライブでは毎回やってるので、疲れちゃいますけどそれぐらいに真剣に取り組まないとダメだという、当たり前のことをその人に教えてもらいました。それが今更ですけど、身に沁みるんですよね。だからこそ目の前のことにぶっ倒れるくらい真摯に向き合いたいと今になって改めて思っています。こなすんじゃなくて、使い果たす――そうしていくことで、何か新しいことができてくるんじゃないかなって。

――初心に帰るような気持ちになっているんですね。

だから、そういう意味では「再来年は絶対こうなってるぜ!」みたいに可愛らしいことは言えないかもしれない。そういうのって僕は可愛らしいことだと思うんですよ。「こうなってる。頑張るぞ!オー!」というのは、目標を持つことに夢を見てるように感じてしまう。でも現実ではそんなこともないことがたくさんあって、そういう時にどう対応できるかと考えたら、目の前の仕事をどれだけ一生懸命やるかだけなんですよね。そうしたら失敗しても納得できると思うんです。でも年をとってくると、本当にやらなくなるんですよ。だから一生懸命やらなきゃいけない。そういうバンドでありたいと思うし、そういう活動していきたいなと思いますね。


インタビュー・文/笠原幸乃



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LACCO TOWER Official Website >> http://laccotower.com
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